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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)1195号 判決 1959年10月07日

原告 鈴木君子

被告 海藤長平 外一名

主文

被告海藤長平は別紙第一目録記載の土地、建物について東京法務局品川出張所昭和三〇年一〇月三日受付第一五三一六号同日売買を原因とする所有権取得登記の各抹消登記手続をなせ。

被告両名は原告に対し別紙第二目録記載の建物から退去してこれを明け渡せ。

被告海藤は被告会社との間の大森簡易裁判所昭和三〇年(イ)第二〇二号家屋明渡和解事件の和解調書の執行力ある正本に基く別紙第三目録記載の建物(但し一階表から突当りの五畳一室を除く)に対する強制執行は、これを許さない。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を原告のその余を被告らの負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三一年二月二五日なした強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一ないし第三項と同旨及び被告らは原告に対し連帯して昭和三一年四月一日以降第二項の明渡済まで一ケ月一五〇、〇〇〇円の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とするとの判決並に明渡と金銭の支払の点につき仮執行の宣言を求め、請求原因として

一、抹消登記請求

別紙第一目録記載の土地、建物はもと訴外堀田善吾の所有に属し同人名義の所有権の各登記が経由されていたところ、原告は昭和二八年一〇月二一日善吾から右不動産の贈与を受け、同時にその引渡を受け、更に土地の権利証、建物につき善吾が買い受けた旨の売買契約書(権利証は建物が水谷捨吉に担保に供されていたため善吾の占有になかつた)善吾名義の印鑑証明書白紙委任状等の交付を受け、善吾からその登記手続を一任された。そしてその移転登記手続をしない間に善吾は昭和二九年三月二日死亡したのであるが、善吾の相続人である妻堀田幾江、その子照子、靖子、一善、正明、和代、正代は原告の右所有権取得を否定し、相続により右不動産の所有権を取得したとして昭和三〇年三月五日その旨の登記手続を経由し、次で被告海藤は右相続人らから同年一〇月三日右土地、建物を買い受け同日主文第一項に掲記のような各所有権取得登記を経由した。

しかしながら原告は同被告の右登記前である同年九月一三日東京地方裁判所の仮登記仮処分命令を受け、右土地建物について同月二一日東京法務局品川出張所受付第一四六四二号前記日時の贈与契約による所有権移転請求権保全の仮登記がなされたので、その後になされた被告海藤の右各所有権取得登記は原告に対抗できないものであり、これがため原告の本登記は妨害されているので、右各登記の抹消登記手続を求める。

被告の抗弁に対し

右贈与が書面によらないものであつて、その主張の取消の意思表示のなされたことは認めるが、右のように原告は善吾から登記手続を一任され、これに所要の書類の交付を受け、且つ現場において土地、建物の引渡を受けたので、贈与の履行は終つたことになりしたがつてその取消は許されない。

二、明渡請求と損害賠償請求

前記建物の所有者である堀田善吾は被告会社の代表取締役社長であつた関係から、以前より同会社に右建物の内別紙第二目録記載の部分を無償で貸与していた。そして善吾は前記のように右建物を原告に贈与する際同会社は早急に青物横丁の同会社所有の建物に移転するにつき、本件建物を明渡すことを約束した。そこで原告は右建物の引渡を受けてから暫時の約束で右建物を被告会社に使用させていたところ、善吾は当時病気のため会社の移転が遅れている内死亡するに至つたので原告は被告会社に対し昭和二九年一二月中使用貸借を解除する旨通知し次でその明渡を求める訴を当庁に提起(昭和三〇年(ワ)第六三二六号後に明渡を求める部分は本件と重複するので取り下げた)し、その訴状は昭和三〇年九月二二日被告会社に送達されたので、これによつても右使用貸借を解除する旨の意思表示がなされたわけである。

よつて被告会社は正当の権限なく本件建物を占有するものであるところ、被告海藤は前記のように右建物を買い受け昭和三一年三月末以降前記建物の第二目録記載の部分を被告会社と共同使用しているもので、原告の所有物を不法に占有している。

よつて、被告両名に対しその明渡を求め、

次に原告は右の贈与を受けたので、善吾ら関係者と協議し被告会社使用の部分の明渡を受けた後の利用方法を決定し、建坪六六坪余を総二階に改造して旅館向きの客室一三室を作り、旅館営業を開始すれば一ケ月一〇〇、〇〇〇円以上の収益が見込まれるし、一階を貸事務所店舗に改装して賃貸すること及び地階三〇坪余を倉庫として賃貸すれば合せて五〇、〇〇〇円以上の賃料が得られる成案を得た。そこでその明渡をまつて右計画を実行すべく準備を整えたところ、被告らは不法にその占有を継続して右計画の実行を妨害した。そしてその妨害がなければ昭和三一年三月末までには計画が実行されて、前記の収益を得たわけであるので、右共同不法行為による損害賠償として同年四月一日以降明渡済まで右割合の金銭の連帯支払を求める。

三、和解調書の執行力ある正本に基く明渡の強制執行に対する第三者異議

原告は本件建物の所有者であり、かつ右建物の内別紙第三目録記載の部分において昭和三〇年九月以降「かつぱ」の屋号で料理店を経営し、その占有権を有するものであり、同第二目録記載の部分についても明渡請求が認容されれば占有権を取得するものなるところ、被告らは原告の右権利を否定し、被告海藤は前記のように昭和三〇年一〇月善吾の相続人から本件建物を買い受けると被告会社と通謀して原告の所有権と占有権を妨害して原告を退去させようと図り、被告会社を相手として大森簡易裁判所に右建物の明渡に関する和解の申立をなし同裁判所において昭和三一年二月一三日被告会社は被告海藤に対し本件建物が被告海藤の所有であることを認め同年二月末までに一階突当り五畳の一室を除く右建物の全部を明渡すこと等の条項を含む和解契約を締結しその旨の調書が作成された。被告会社は善吾の遺族らによつて運営されるもので、原告に対し敵意を抱き善吾の死後あらゆる手段を用いて退去を強要してきたもので、右和解も明渡の強制執行に名を藉り原告を追い出そうとする意図に基くこと明らかである。そして被告海藤はまだ執行文の付与を受けていないけれども突然強制執行を受け不測の損害を被ること必然であり、無権限の被告らからかかる執行を受けるまで拱手傍観するに忍びないところであるので予め別紙第三目緑の所有権と占有権に基き強制執行の排除を求める

と述べ

被告ら訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実に対し

一、事実中原告主張の土地、建物がもと堀田善吾の所有に属し同人名義の所有権の登記が経由されていたこと、善吾がその主張の日に死亡しその主張のように相続がなされたこと、右不動産につきその主張のような相続による移転登記と被告海藤のための売買による移転登記の各経由されたこと

及び仮登記のなされたことは認めるがその余の事実は認めない。

原告が贈与によつて所有権を取得したというのは全くの虚偽であつて、善吾の相続人による所有権取得と被告海藤の売買は適法有効になされたものである。即ち善吾の死後その遺族は塚田三郎に被告会社の整理と善吾の遺産相続税の免除の手配を一任したが、会社財産の使途に疑惑を持たれたことに端を発し右会社の代表取締役としての職務執行停止の仮処分を受け、右の委任を解除されると善吾の妻幾江らに対し敵意を抱き、右の委任に基き幾江から昭和二九年五月保管を託された本件土地の権利証、建物の買受契約書は原告君子から預つたと虚偽の事実を唱え出し、原告らと結託して贈与の事実を主張するに至つたのである。

次に原告は善吾から本件建物の引渡を受けたと主張するけれども当時被告会社の代表取締役社長堀田善吾はその所有の本件建物を同会社に工場として貸与していたが、昭和二八年一〇月以降同会社は営業目的に料理飲食店営業を加え原告主張の別紙目録(三)の部分(その境にその主張のような板囲がある)に喜仙閣なる屋号をもつて料理店を経営することになり原告の母親イクと原告を使用してその営業を担当させ、一階突当りの五畳一室を無償で貸与し住み込ませたものである。したがつて原告は被告会社の被用者に過ぎず原告親子が右建物の引渡又は占有を取得したことはない。

仮に原告が贈与を受けたとしても右は書面によらない契約であるので善吾は取消権を有するところ、その権利を相続した幾江ら相続人は原告に対し昭和三〇年一〇月二〇日到達の同月一八日附内容証明郵便により、右理由をもつて贈与を取り消す旨の意思表示をなしたので原告は右不動産の所有者ではない。

二、の事実中善吾が被告会社の代表取締役であつて、その所有の本件建物を同会社に使用させていたこと、善吾が死亡したこと被告海藤の買受の点及び被告らが原告主張の部分を占有していることは認める。その余の事実は認めない。

原告が所有権と占有権を有するものでないことは前記のとおりであり被告海藤は正当な所有者であるので原告の主張は理由がない。

三、の事実中和解契約が締結されその調書が作成されたことは認めるがその余の事実は認めない。

原告は所有者でも占有者でもないので本訴異議は失当である

と述べた。

証拠関係

原告訴訟代理人は甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証、第六号証の一、二、第七、八号証、第九号証の一、二、第一〇、一一号証。第一二、第一三号証の各一、二、第一四号証を提出し、乙第七号証の二、第九、一〇号証は不知、その余の乙号各証の成立を認め、

被告ら訴訟代理人は乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三ないし第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第一六号証を提出し、甲第五号証は不知、その余の甲号各証の成立を認め、同第四号証の一ないし三を利益に援用した。

理由

一、抹消登記請求について

別紙第一目録記載の土地、建物がもと堀田善吾の所有に属し、同人名義の所有権の各登記が経由されていたこと、善吾が昭和二九年三月二日死亡し原告主張の相続人による相続がなされたこと、右不動産について原告主張のように右相続人による所有権取得の登記が経由され次で被告海藤が右相続人から右不動産を買い受けその旨の所有権取得登記を経由したこと及び原告主張の仮登記のなされたことは当事者間に争がない。そして成立に争のない甲第三号証(本件土地の権利証)、同第四号証の一(本件建物を善吾が買い受けた旨の売買契約書)同第七号証(善吾名義の印鑑証明書)が原告の所持にある事実及び成立に争のない同第九号証の一、二、同第一〇、第一一号証、第一二、第一三号証の各一、二、第一四号証の記載によれば、原告はその主張のとおり善吾から本件土地、建物の贈与を受けてその所有権を取得し、現場において土地、建物の引渡を受け、土地の権利証、建物につき善吾が買い受けた旨の売買契約書(権利証は建物が水谷捨吉の担保に供され同人の所持にあつた)善吾名義の印鑑証明書と白紙委任状の交付を受け善吾から右不動産の所有権移転登記手続をするよう委任されたことを認めることができる。

右認定に反する乙第一一ないし第一三号証の記載は措信し難いし他に右認定を左右すべき証拠はない。

被告は右贈与は書面によらないものであるので取消の意思表示をなしたと抗弁し、この事実は原告の認めるところである。しかしながら前記認定事実によれば善吾は右贈与の履行をなしたものというに妨げないので、かかる場合にはその履行を終つたものとして贈与の取消は許されないと解するのが相当である。

してみれば、被告海藤の所有権取得登記は原告のなした仮登記の後になされたものであるので原告に対抗できないものであり、その登記によつて原告の本登記を妨害しているので、原告は所有権に基き被告海藤に対し右各取得登記の抹消登記請求をなし得る筋合といわねばならない。よつてこの点に関する原告の請求を正当として認容すべきである。

二、明渡請求と損害賠償請求

被告会社の代表取締役であつた堀田善吾が右建物の内の別紙第二目録記載の部分を被告会社に貸与していたことは当事者間に争がなく、この事実と前掲甲第九号証の一、二、第一一号証、第一二、一三号証の各一、二、第一四号証の記載によれば、善吾は右のように原告に本件建物を贈与する際被告会社は早急に青物横丁の同会社所有の建物に移転するにつき右建物を明渡すことを約束したこと、原告は右建物を被告会社に暫時の約束で使用させていたことが認められる。

右認定に反する乙第一一号証第一二号証第一三号証の各記載は措信するに足りない。

してみれば原告は被告会社に対し右認定事実から考察される相当期間経過後には使用貸借を解除できるものというべきであり原告が被告会社に対し別件(当庁昭和三〇年(ワ)第六三二六号)を提起して明渡の請求をなしたことは当裁判所に顕著であるので、その訴状が同被告に送達された昭和三〇年九月二二日当時は右にいう相当期間経過し契約による明渡時期が到来したものと認めるべきである。したがつてその明渡を求める意思表示によつて原告と被告会社間の右建物に対する使用貸借契約は終了し同被告は別紙第二目録記載の部分を明渡す義務がある。

そして被告海藤が右建物の部分を占有することは同被告の認めるところ、その所有権取得は原告に対する関係でその取得登記が抹消さるべきものである以上これを以つて原告に対抗することが許されず、したがつて正当な権限なく占有するものという外はないので、その明渡義務を免れない。

次に原告は被告ら占有部分の改造計画の実施が妨げられたことを理由に損害賠償の請求をなし、右計画の建てられたことは甲第九号証の二、同第一三号証の二によつて認められないではないけれどもその計画の実現の可能性はこれを肯定させる心証を惹起するに足りない。即ちその実現を見ないことによる推定上の損害と被告らの明渡さないこととの間には相当因果関係を認めるに足りない。なおまた右第二目録記載の部分が工場経営の目的のために貸与されたことは原告の自認するところであるが、かかる建物が旅館に改装されることは特別の事情というべきところ、このような計画を被告らが予見し又は予見し得べかりし点については何らの主張立証はない。

更に賃貸料を得ないことの損害については賃料相当額を認むべき資料は何もないのでこの点の請求は失当として棄却を免れない。

三、第三者異議について

被告両名の間に原告主張のとおりの裁判上の和解契約が成立したことは当事者に争がない。

ところで前掲甲第一三号証の一、二第一四号証の記載によれば、原告が善吾から本件建物の贈与を受け、その引渡を受けた昭和二八年一〇月当時右建物の内別紙第三目録記載の部分において原告の母イクは善吾からこれを借り受け喜仙閣の屋号で料理店を経営していたが、原告が所有権を取得した以後イクにこれを貸与したこと及びイクはその頃個人名義の営業を被告会社名義に変更したけれどもその経営はイクがなすものであつて、被告会社は、単に営業名義を貸していたに過ぎないことが認められる。この認定に反する乙第一一、一二、一三号証の記載は措信し難い。右事実によれば原告は右第三目録記載の部分について占有権を有するものというべきであり、なおその所有権を有すること及び被告らがその部分を使用するについて原告に対する正当の権限を有するものでないことは前認定のとおりである。

してみれば原告は右和解調書による建物の引渡を妨げる権利を有するものというべきである。

もつとも被告海藤は右和解調書につき執行文の付与を受けていないことは原告の自認するところであるけれども弁論の趣旨に照し同被告がその強制執行に出ることは容易に推測されるところであり、そして物の引渡又は明渡に関する強制執行の場合には執行開始の前においても権利保護の必要性あるときは例外として第三者異議の訴を提起できるものと解するのが相当であり前記の事情においては、異議の訴を提起する必要性あるものと認められるので、強制執行の開始はないけれども例外として本訴異議を認容すべきである。

なお右執行につき当庁が執行裁判所となることは容易に予定されるところである。

よつて民事訴訟法第九二条、第九三条、第五四九条、第五四八条に則り主文の通り判決する。

なお明渡の点の仮執行は相当と認めないのでその宣言をしない。

(裁判官 西川美数)

第一目録

一、東京都品川区南品川五丁目二八九番二四

宅地 一〇四坪二合三勺

一、同区南品川五丁目二八九番家屋番号同町一六番

木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺三階建工場一棟

建坪 八五坪九合七勺

二階 三五坪二合五勺

三階 七坪

地階 五七坪七合五勺

第二目録

第一目録の建物の内

建坪 六六坪七合二勺(別紙図面(イ)太線西側)

二階 一六坪五合 (別紙図面(ロ)太線西側)

地階 三〇坪二合五勺(別紙図面(ニ)太線西側)

第三目録

第一目録建物の内

建坪 一九坪二合五勺(別紙図面(イ)太線東側)

二階 一九坪二合 (別紙図面(ロ)太線東側)

三階 七坪(別紙図面(ハ))

地階 二七坪五合 (別紙図面(ニ)太線東側)

図面<省略>

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